EXTRA CHAPTER:
ブランドの世界観の在り方:


武藤 やっぱりL,S,Dの展示会だと一番初めに帽子を見るわけですよ、俺としては。

高蝶 武藤さん帽子好きですもんね。

武藤 ああ、これもいいなと半分思いながら。それで、これいくら?
と聞いて価格を言われたから、俺にはまだ分相応じゃないなと思って。

高蝶 でも実際、展示会で武藤さんがオーダーしたら上代じゃないわけじゃないですか。

武藤 いや(笑)、でも一応俺としては、そのつもりで買う……、言うわけですよ。
その昔……、これ友達が言っていた話なんですけどね、ロレックスの広告で、
日本でなくニューヨークタイムスに出ていたロレックスの、全段ぶち抜きの広告で、
でっかい文字でガーっと書いてあるんですって。何と書いてあったかというと
「ロレックスは高いです。だけれどもうちは素晴らしい商品を作ります。
若いあなたが持つには分相応じゃないかもしれないけれども、これを手にすることで、
あなたがそれにふさわしい人生を歩み始めようとするはずです」と書いてあるんですよ(笑)。

高蝶 ブランド側の自信というか、要は言い方を変えるとそれって
「冴えないお前でもロレックスさえ持てば…」と言っているのと一緒じゃないですか、裏を返せば。


武藤 そうなんですけれどね。だからそれをどう受け取るかだと思ったんですよね。
前回、帽子が欲しいなと思って、5万ぐらいだったらいいかと思って買うわけですよ。だけど7万かと思うと……。
5万だったら自分の中の、いわゆる余裕の気持ちで買えるけれども。7万だと、ちょっと奢りになっちゃうんですよね。

高蝶 ああ、そこに掛けるお金というか、高価な物をかぶっている自分ということですよね。

武藤 そうそうそうそうそうそう。

高蝶 掛けているお金がどうこうじゃなくて、それだけ高価な品物を自分が装着しているというか、
身につけていることが「奢っているじゃないか俺は」ということですよね。


武藤 うんうん。

高蝶 ああ、なるほど。それは解りますね。

武藤 だからまあ、ここは入れてもらわなくていいんですけれど、
俺が買ったらもしかしたら7万じゃないかもしれないけれども、だけれども、やっぱりそういう物だっていう……。

高蝶 うーん、そういう感覚は解らなくないですよね。
いろいろな物を収集しているじゃないですか、俺。しているなかで、ライダーズジャケットみたいなやつを
今でこそ自分のところも在るから感覚は違うけれども、昔はやっぱりライダーズジャケットを買うときに、
一番最初に買うライダーズジャケットというのは、やっぱりバンソン(VANSON)のライダーズジャケットとか欲しいですよ。
ところが、やっぱり必死こいて頑張ってバンソンが欲しいけど、
いやぁ、でも、一番最初はショット(SCHOTT)でいいかという、
要はブランドというか、メーカーのクォリティの違いなんですけれど。
SCHOTTでいいか、まあ、SCHOTTにしておこうというのがやっぱりあるわけですよね。
いわゆるラーダーズジャケットというもの自体がよく解っていないという時に着るものというか。
それこそ分不相応な物というふうに感じちゃうんですよね。


武藤 そのロレックスのやつはまだ続きがあって
「あなたにはまだ早いかもしれないけれども、それを得るための努力をしたりそれを得るための仕事をしたり、
そこにあなたの価値が生まれるわけです」みたいなことが書いてあったわけですよ(笑)。
それで、「ロレックスを身につけることで大人の男になっていく」みたいな。

高蝶 まあ、ロレックス側の言い分は見事なもんです。
昨日もプラント(キャスト屋)の門井さんのところで話していて、
門井さんのところの若いスタッフ、ごめんなさい、名前は忘れちゃったんですけれど、その子がいて、
門井さんがその若いのに
「お前は雑誌とかネットとかで高蝶智樹というのを見ていていろいろイメージしていたかもしれないけれど、
ここに来ている高蝶智樹というのは、いい車に乗っているわけでもなく、家もなく……」
みたいないろいろなことを言って「そういう生活をしているというのを知る前は、
やっぱりお前は、ああいう雑誌の出方をしているから、いい車に乗って、いいところに住んで、
作業は別に自分ではやっていなくて、おねえちゃんと遊んでいるんだろう、いい暮らしをしているんだと思っていただろう!!」みたいなことを言ったんですよね。
若い子はもう、答えに困っていたんですけど。やっぱりそういうことをよく聞かれるんですよね。
また、聞く人も俺に聞くんじゃなくて、ダー社長に「本当はどうなの?凄い遊んでるんでしょ?」とか聞くんですよ。


武藤 そうでしょうね。

高蝶 で、聞かれたダー社長が「いいえ、そういうんじゃないですよ」と言うんですけど、
じゃあなぜそんなやり方をしているか、みたいな話になって。結局は、納得のポイントかなという……。
実際、じゃあお金をすごく使うような生活をしていないかといったら、
仕事の為に流動させてるお金は使っているわけじゃないですか。
でもそれは何かを生み出す為で、ある意味では自分の為といえるかもしれないけれど、
次の新しい物の為にとか、新しい事をする為に使っていて、それは自分の為でもあるけど、
やっぱREFUSEの、俺の創り出している物を選んでくれた人というのが
「ここを選んでよかったな、やっぱりここを選んで正解だった」という、その納得のポイントを求めている気がするんですよね。


武藤 はいはい。

高蝶 そんな話を門井さんとしていて、やっぱり門井さん的にも、
自分の会社、プラントを選んでよかったなというふうに思ってもらいたいという……。
ロレックスの話とつながるかはわからないですけれど。


武藤 俺は結局、そのロレックスのやつを思い出して、
チョウさんのところのブランドは背伸びさせたいブランドなのかな、と、ちょっと思ったんですよね。

高蝶 ああ、お客さんを、ということですか。
それはたぶん、お客さんを、というかユーザー側をどういう目線で見ているかだと思うんですよ。
そこの意識はそんなになかったけれども、ブランドって……、
要は、シルバーアクセサリーのブランドはブランドじゃねえ、という話を前回もしたじゃないですか。
あんなのは。あんなのって言い方はないけれど。みんなブランドと言っているだけじゃん、という。
それはなぜかというと、ブランドはお客さんに迎合しちゃいけないというか、
あくまで主導権、イニシアチブを握っているのはブランドをやっている側であって、
それが背伸びさせてるというならそうなのかなというのもあるんですけど、
それでお客さんを喜ばせたり楽しませたり満足させなきゃいけないというところだと思うんですよね。


武藤 そうですね。

高蝶 俺が始めるまでこうはなかったじゃんというのを挙げていくと、
そういうことをシルバーアクセサリーの業界でいっぱいやってきたわけですよね。
要は、高蝶智樹、まあ「L,S,Dが出てくるまでこれってなかったよね、こういうやり方ってなかったよね」というのを
実際、ブランドの動きであったりだとか、ツアーだったりとかイベントだったりとか物だったりとか、
アパレルだったり雑誌でのやり方・表現だったりとかというのがあるわけじゃないですか。
でもそれって、他がやっていないから俺がやってやろうじゃなくて、こっちの奥行き感というんですかね。
よく世界観が、世界観がというじゃないですか。シルバーアクセサリーの人たちもよく世界観がと言うんですけど、
実際、本当にそんなに世界観があるの、君たち、というふうに思っちゃうんですよね。
たしかに世界観って、世界をどう見ているかということになるんですけれど、
でも同じ業界と話していても、そこまで世界情勢を知っているかというと知らないし。
昨日、「お前ら、中臣鎌足を知っているか」と、うちのスタッフと話したんですよ。「誰ですか、それ」って話……。


武藤 誰ですか、それ(笑)。

高蝶 え。武藤さん、知らないんですか。

武藤 知らない。もう一回言ってください。

高蝶 中臣鎌足です。

武藤 知りません。

高蝶 え、武藤さんも知らないんですか。

武藤 知らない。

高蝶 大化の改新は知っていますよね。

武藤 はい。

高蝶 大化の改新は何年ですか。

武藤 知りません(笑)。

高蝶 えー、マジですか。あー……。大化の改新で何があったかは知っていますよね。

武藤 よく知りません。俺ね、日本史が全然だめなんですよ。

高蝶 まあ、得意不得意という……。俺もまるで得意じゃないですけど。
そんな話をしていて、ウチの連中は誰もが「知らない」と。
要は、色々な事象や人・物が在って、それらの全てを見るのは不可能だけど、何処を見たうえで俺の世界観はこう、
というのがあったりとか、何処までを見て世界観のなかに落とし込んでいるのかというところが重要だと思うんですけれど、
でもそういうふうにやれている人は本当に少なくて。
やっぱりブランドというのは、そのブランドの持っている世界観というものを、
当然、アパレルだったりシルバーアクセサリーだとかに特化しますけれど、
世界観をどこまで広げていって見せていけるかというところが重要だと思っているんですよね、俺は。


武藤 はい。

高蝶 シルバーアクセサリーの方で、何かやっぱり、その、雑誌での言葉だったりだとか、
ブランドの売り文句売り言葉みたいなもののなかでは、何かこう、よくあるような、
「ゴシックなうんたら」とか「ロックがかんたら」とかっていうようなことを凄い……、
そうするとその背景にそういうものがあるのかな、と。
または宣伝に、例えばロックミュージシャンを使ったとしたら、
そのロックミュージシャンの背景と重なり合ったような世界がそこに待っているのかなと、
お客さんとか見ている側は思うんじゃないかなというふうに考えているんですよ、俺は。
ところが蓋を開けてみて、そのブランドが何年か経ったときに、
大して前と変わってないじゃん、とか、深くもなっていないし……。
例えば、店だけは増えたけど、商売的な広がりだけで、
世界観というのを奥まで見せてくれているかといったら別に見えていないという。
でも俺はそのへんが、シルバーアクセサリーという、
ブランドといってやっている人たちの問題点じゃないかと思っているんですよね。


武藤 いつも言っていますよね(笑)。

高蝶 そうですね。そーゆー奴等が多過ぎてムカついてんじゃないですかね?
今回、写真展だったりとか、アンティークのインテリアのものとかというのを……、
まあ前々からちょろちょろっとは、端々は、
当然うちのギャラリーに来たりとかガレージに来たりとかファックトリーに来れば見れていた部分だけど、
それをもっと本格的に表に見せていくという。その作業なんですよね、今回やっていることは。
実際、本当に世界観を持ってみんながやっているんだったら、
他のシルバーを作っている人たちみんなができることだと思うんですよ。
当然そこに労力だの資金だの能力だのというのがかかってきますけど、
可能性としては、俺が特別というわけじゃなくて、みんなできるでしょ、という……。


武藤 それは、やりたいことをやる、というのとは違うんですかね、ちょっと。

高蝶 やりたいことをやるというのと一緒ですね。
俺はそれを広げて出していくのが、いわゆる表現活動と創作活動というのが合致して、
創造というものにつながっていくと思うんで。
一人のクリエイターとして創作活動だったら独りよがりのそれで終わりでいいんですよ。
何か作ってお終いでいいんですけれど、ブランドをやっていくということは、その世界観を創造していくわけじゃないですか。
創作で止まっていたらブランドになり得ないんですよ。
作って終わりなんで、どんな下手くそな、どんな下らないものを作っても
「俺は創作活動をやっているんだ」の一言で片付いちゃうから。
すごいまずい料理屋でも、創作料理といってやっていて客が全然来なくても
「俺の味がわからなくても創作料理だからいいんだ」と言い切っちゃえるじゃないですか。
でも創造というのはその世界を構築していく行為なので、本当の意味のクリエイトはそういうものだと思うんですね。
ブランドをやっていくということはそこに達しなきゃいけないというか。
そこに達するというのは、到達点というのがその人のなかにあるのかないかは別として、
そこに向かっていかなきゃいけないと思うんですよね。
だって、創作だけだったら学生さんでも素人さんでもみんなできちゃいますから。


武藤 前に言っていた、作ると創るの違いですよね。

高蝶 そうですね。「プロフェッショナルな人がそれじゃまずいでしょ」ってね。



どうでもいい話:



武藤 蝶さんの話を徹底的に否定するという人はいないんですか。
要するに、否定するというのは、茶化して否定するというのではなくて、本気で。

高蝶 本気ではあったことないですねえ。なんて言うんですか。理解したうえで否定する人はいないです。
例えば、居酒屋のおばちゃんみたいな人が
「あんたもそんな仕事仕事言っていないで、早く嫁さんでも見つけて、結婚しないからいつも身体が悪そうなのよ」
とかって言うような人とかはいますよ。
そんな、なんか頑張ってやっているけどみたいな、人生それだけじゃないよ、なんて言う人って、やっぱりいるじゃないですか。それってたぶん何をやっていても言われそうなものなんですけれど。


武藤 俺はたまに自分の衝動で、会社を辞めてから時間が結構あるから、たまにやっていたんですけど、
今月は自分のことを肯定してくれる人に会おうというシリーズをやっていたり、
自分のことをだめだだめだと言ってくれる人に会おうというシリーズにしたり、極力年の離れた人にしよう、
という時があったりとかっていうことをしていた時がありますけどね。

高蝶 昔、うちがアッシュ・インターナショナルという会社でやっていた時には、
ケンイチという奴とタカノリという奴がいたんですよね。
昔から一緒にやっていた仲間で、この二人が俺のリミッターとブレーキだと思っていたんですよ。
どっちがどっちとはいえない、逆転する時もあったんですけど。
で、なんか、俺がこうだ、というふうなことを言ったときに、ケンイチがリミッターだとしたら、
いや、そうじゃなくてこういう方がいいじゃねえか、こっちの方がいいよ。全否定じゃないんですよね。
その意見を汲みながら、こっちのもありじゃねえの、とリミッターというか
「こっちの方がよくね?」みたいなことを言ってきたりが多かったんですよ。意見の衝突なんですけれど。
タカノリという奴が面白くて、俺の言っていることが正しいな、と思っていてもわざと否定するんですよ、奴は。
俺もそれがわかっていたし、奴もそれがわかっていてやっていたんですよ。
で、バランス、今はそれが自分の中で取れるけれども、若い時ってもっと勢いもあるし気も強いし、
この前DUAL FLOWのマッチョと呑んでたら
「今は知り合って長いから大丈夫ですけれども、高蝶さん、最初に会った時に、殺気が半端なくて怖くて話せなかった」って。


武藤 俺もそれは感じましたよ(笑)

高蝶 そういう話とかをしていて、まあ、リミッターもブレーキも必要なんですよね。
自分でそれが制御できないから。なんかこう、あの二人がやっていてくれたんだな、というのは、今でもやっぱり思いますよね。なんかそれが、特にタカノリの否定の仕方はすごく面白くて、俺がAという意見を言ったら、必ずBの方を言ってくるんですよ。奴は、Bがあるから、Bが正しいからAは正しくないというものの言い方をするんですよね。
俺はものの言い方的に、Aの裏面にBがあって、
これがあることでAというのが突出した正しさというものを出しているというような話し方をするんですよ。
その辺が、奴の会話の面白さで、奴はもう全否定でかかってくるんで、俺の言うことを。


武藤 それは幼なじみなんですか。

高蝶 まあ、幼なじみといえば幼なじみみたいなものですよね。中学の時から一緒なので。
俺の突っ走っちゃう性格みたいなものをよくわかっていて。
奴に、Bの側のブレーキをかけられると、
ああ、今、俺はAというふうな押し方をしようとしたけれど、BがあってのAだという押し方をしなきゃいけない、
というふうに考えが切り替わるんですよね、一回ブレーキが入ると。


武藤 ああ、なるほどね。

高蝶 別に、頭の中ではBがあるということはわかっていたけど、Aだけで突っ走ろうとしていたものが、
ああ、やっぱりBと感じる人もいるよね、という。
やっぱりその二人とも「Lily Dust」を始めた頃とかは、一緒に仕事をしていて、
まあ、やっぱり、すごい身近な人間でも理解させるのに時間がかかったというか。


武藤 そこで言っている理解ってどういう理解ですか。

高蝶 L,S,Dというブランドをどうしていくかというので、
3部構成で、こうでこうで、という話をしても、「何それ?」という……。


武藤 ほーう。

高蝶 現実、物があるかといったら物はないわけじゃないですか、まだ。

武藤 それは仕事としてということですか。高蝶、お前が、ということですか。

高蝶 ではないですね。たぶんそこはないと思うんですよね。
昔から突拍子もないことを言ったりとか、よくわからない行動をしたりとかというのも彼らはもう慣れているはずなので。
「高蝶はそういうことをやるよね」みたいな、ですけれど。
ただ仕事として、ブランドをやっていくということに対して
「何それ?」 世界のどこかには、やっぱりそういうやり方をしている人がいるのかどうか俺は知りませんけど。
彼らもそんなの聞いたことねえよ、見たことねえよ、という話になって
「そんなことがやっていけるの?」みたいな。当然だとは思うんですよね。
それまで俺がどれだけどうしよもない生活をしてきたか見ているわけで、「お前にそんな能力があるの?」
という部分がたぶんあったと思うんですよね。で、なんか、そこを理解してもらうのがすごく時間がかかった、という。


武藤 ふーん。

高蝶 うちのケンイチという奴に関しては、奴のブランド像みたいなものがあったんですよね。
ブランドとはこうあるべき、みたいな。最終的にはそこで徹底的に対立して、
というか、意見が食い違って、それでもう、じゃあこれ以上一緒に仕事するのはやめようといってやめたんですけど。


武藤 あ、アッシュの時には一緒に働いていたんですね。

高蝶 そうですね。だからその辺は面白かったですけどね。
そういう意見の食い違いって。今となってはですけど。バンドが解散する時じゃないですけど。
ぐらいの感じで、やっぱりこれだけ近い関係でも、一つのものに対して意見が食い違うと、
もうこれだけ譲らないものなんだなという。


武藤 まあ特に、仕事がからんでいたらそうですよね。

高蝶 でも面白かったのは、みんな、どっちの方が売れるからとか、どっちの方が儲かるからとか、そういうのじゃなくて、
どっちの方が格好いいから、というところだったんですよね。
自分の求めている格好よさみたいなものがあって、絶対こっちが格好いいだろうという、そこで意見が分かれていたという。
それが健全だなというと変ですけど……。


武藤 ああ、健全ですよ。

高蝶 という気がしましたね、今思い返すと。

武藤 たしかに、俺も、10代20代の頃、よく徹夜でそんなことしゃべれたな、と思うものがいっぱいありますよね。

高蝶 ありますね、うん。この間、カストロの話をしたじゃないですか。
ゲバラがカストロに別れを告げて、次の革命に参加するという。
なんか俺は、この間も話に出た、ゲバラもカストロも英雄視されているけど、彼らも相当惨殺とかやっているわけで、
処刑とか惨殺とかやっていて。ゲバラはもう死んだけれども、カストロはまあ、ちょっと入院とかしているけれども生きていて、頭の中でそのことを後悔とかしているのかなという。
処刑したこととか。「コマンダンテ」ですよね、オリバー・ストーンのインタビュー映画を観て、
やっぱり処刑について聞かれたシーンの時に、一寸、カストロは止まるんですよね、その話をされた時に。


武藤 ありましたっけ?

高蝶 オリバー・ストーンもきつい感じでは聞いてないんですよ。
処刑が行われたと聞いていますが、みたいな。聞かれた時に、スッと止まって、
そうしたらオリバー・ストーンがたしか矢継ぎ早に、
ベトナムの、ベトナム戦争でも、キューバ人が処刑とか拷問に参加していたとかなんとか、という話を聞いていますけど、
とか突っ込んで、一寸考えてからカストロが、
そんな報告は私は受けていないし、もしやったとしたなら私の耳に入らないはずはない、みたいな。
また処刑とかどうとか、という話を続けていて、
彼の「痛みを伴わない革命など革命ではない」という、そういうところに至るんですけど。
ただ、あの革命を成功だと信じてカストロは本当に生きているのかな、と気になっちゃいますよね。


武藤 俺はでも、アメリカと喧嘩して、最終的に国内的には一応自分たちの政権を樹立して、
それで完全にアメリカとは付き合いません、と。歩み寄ってきたロシアに対しても、最終的には見離されて、
結局自分たちでやっていくしかないという状況になったら、
何だろう、ある意味閉鎖的になっても、それがよかったと思いこんでやっていくしかない。
あれだけの国民を養っていくためには。

高蝶 ただなんかこう、今となっては、みたいなところがいっぱいあるじゃないですか。
その当時はやっぱり冷戦があって、それがあったからソ連も、アメリカの裏庭的なキューバに歩み寄って、
ここを飼い犬にしようみたいな考えもあったわけですよね。
核兵器をここに置こう、とか。それがやっぱり、その当時はアメリカがすごいバッシングだったわけじゃないですか、
キューバに対して。CIAの動きとかもすごかったし。
ところが、今、アメリカ人のなかでも、カストロではないけれどもゲバラをすごい英雄視する動きがあったりとか、
それも世界的にあって、彼らのやったことは凄い、という話をしているじゃないですか。
でも、たしかにすごいことをやったけれども、
あれが行われてなかった方が、ひょっとしてキューバ人が幸せだったということはないのかな、と考えちゃう時はないですか。


武藤 ああ、もちろんありますよ、もちろん。でもそれは、もしもを言い始めたらね。

高蝶 それはないですけど。たまに考えちゃう時があるんですよ。
例えばじゃあヒトラーだって、今、ナチスが、ドイツが負けたからヒトラーは全否定じゃないですか。
ところが、じゃあ世界的な戦争でナチスが勝っていたら、ドイツが勝っていたとしたら、
今の世界情勢とか世界経済が全部塗り替えられているわけじゃないですか、そこで。ユダヤ人たちは許さないでしょうけど、
ユダヤ人虐殺だって、それをしたことによってユダヤの財産というものを他に流すことができたからということで、
ひょっとしたらそこすら英雄視されるかもしれないわけですよ。
世界の全体的に、当然ユダヤをよく思っていない中東の方の人っていっぱいあるわけだから。
そうするとやっぱり、ヒトラー様様みたいな現象が生まれていたかもしれないわけじゃないですか。


武藤 かもしれないですね。

高蝶 と、考えた時に、キューバもカストロとゲバラで革命を起こして今の政権が樹立されて、彼らは勝ったわけですよね。
バチスタ政権を下して。冷戦とかがあってアメリカとかとのやり取りとか、ソ連とか中国とのやり取りもあったりして、
今になっているけれども、結局は勝てば官軍ということなのかな。に、答えは行っちゃうんですよね。

武藤 世の中の多くの紛争地帯はそうでしょうね。

高蝶 ですよね。

武藤 でもほら、俺、チョウさんにビデオを渡したの、あれ、観ました?

高蝶 あれ、まだ観れていないんですよ。

武藤 あれの中に出てくるんだけれども、ポーランドかなんかの革命で、ビロード革命というのがあって、
みんなが百合の花を持って行進するんですって。
その向こう側に国の軍部が出てきて制圧するんだけれども、一般の人たちがその軍部の先頭にいる人たちに花を渡すんですって。まあ、そんなのおちゃらけですよ。本来だったらそこで血が流れるはずなのに。
だけれども、実際は知らないけれども、血の一滴も流すことなく政権を倒した、
ベルリンの壁が崩壊する前も東側で、どこかのなんとかという教会が中心になって、月曜日に毎週、行進する。
それは何だったけな、キャンドルなんとかといって、キャンドルを持って、キャンドルを持っているから物を投げたりだとか、
暴力をすることができない、暴力を止めるためにわざとキャンドルを持って行進したんですって。
美しいなあって思うんですよね。

高蝶 市民運動ですよね。本当にじゃあそれが政権を打破したのかとか、壁を崩壊させたのかというと、
やっぱりちょっと違うわけなんですけれど、俺はなんかそこに、情報の伝達の仕方かなと思っちゃう時があるんですよね。


武藤 ああ、だからもちろん世界的に、人権とか、そういったものが今前面に押し出されているから、
俺もたぶんそういう気になっているんだと思うし、そういう報道が型になっているという部分もあるだろうし。

高蝶 うん。と、思っちゃうんですよね。
そういうものを例えば映画にしたときに、どうしたって感動的に撮るじゃないですか。
平たーく撮らないで。感動的に撮って、それの印象が強ければ強いほど、
現実のそれがまるで映画で観たときと同じかのような感覚を覚えて、
こんな感動的なことがあったんだ、あれは市民が勝ったんだ、みたいな感じになるけれども、
結局のところ政治家たちがバランスを取るのに、もうそろそろここをどうにかしようよとかやっていたりとか、
やっぱり利害関係が一致したから壁を壊そうとか、ソ連は崩壊しちゃったしさあ、みたいな話とかがあるわけじゃないですか。
なんかそれが、両極じゃないですけど……。
市民の心の美しさみたいなものはわかるんですよ。
そうやってどうにかしてもらうために俺たちが少しでも運動しないと、という部分もわかるけれども、
でもそれだけじゃあできないよね、というのもわかっちゃうという。
それが要は、さっき話した両極みたいなもので、政治家どもの薄汚いような部分みたいなものがあるのも現実だし、
だけじゃなくて市民が本当になんとかしてほしいという市民の気持ちがあるのも事実だし。
まあ、映画にしたりとか情報伝達ってやっぱりどっちかに偏っていた方が面白いですもんね。


武藤 まあ、そうですよね。

高蝶 平たーく何でも出したら、たぶんそこを面白いというふうに読み取る人って数限られてきちゃうと思うんですよね。


END



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