CHAPTER:01
写真展「REDEMPTION」での趣向:


武藤 まあ、まずは、今回の写真展の趣旨、展示会の趣旨は、みたいなところなんだろうけれども、
そういう言葉で聞くのは嫌だなと。

高蝶 何か曲がった、直球じゃなくてカーブを投げたいんですよね。

武藤 そうそうそう。そこに落ち着かせたいんだけれども。

高蝶 違う入り口から入って行って……。

武藤 そうそうそう(笑)。展示会をやるために、今回は先にどんなことをやったかという……。
ちょっとそのへん、説明してもらっていいですか(笑)。

高蝶 着想に至る過程ですよね、前にあったみたいな。
前回は、イメージがブレるかブレないかのテストという話をしたと思うんですよね。
自分が持っているイメージが、アメリカに行ったりなんだりという動きのなかで、ブレないかどうかをテストして、
その前というのは、首吊り自殺がどうというので、そのイメージを固めるという。
今回は、イメージはもともと前回からつながっているので固まっていたんですよね。
それを、テストと一緒ですよね、毎回やることって、俺の考えているこれが間違っていないか、
自分のなかで迷いがないかというのをテストしたい、
それを確実なものにするというので自分のなかで固めたいというのが大きくて、それが今回の写真展につながっていくんですよ。


武藤 はい。

高蝶 もともと、あれはカメラマンのヨシキと……。

武藤 どちらが言い出した話なんですか。

高蝶 あれはたしかいつもみたいに飲みに行って、メシを食いながら飲んで、写真についての話なんかをするじゃないですか。
その前に、去年「GHETTO FUEL」というイベントを、REFUSE10周年のイベントをやったときに、
スカルの写真をヨシキと一緒に、自分がディスプレイしてヨシキがそれを撮るというようなのをやったんですね。
あのイベントをやる前からヨシキとはそういうのを何度かやっていて「また、あれをやりたいね」と話をしていたんですよ。
でも何か「あれはあれで即座に発表するとかじゃなくて、一年なりかかっても撮りためていこうよ」みたいな。
そして二人が納得したものというのをどこかでタイミングよく出そうというような話をしていたんですよ。
それじゃなくて何かやろうよという時に、ヨシキが「ムトゥメンって面白いよね」という話になったんですよ。
「彼は、どこか普通に、例えば田舎道に立っていても、あの人はそこに立っていちゃいけないような空気があるじゃん」と。
何か異様な空気が。


武藤 わかりますよ。

高蝶 で、「それを最大限に生かした写真を撮ってみない?」という話になったんですよ。

武藤 ふ〜ん。

高蝶 ヨシキの……、原案的には、本当にシンプルに、何か写真を一緒にやろうという話を、二人の話のなかで、
ヨシキがムトゥメンを使ってみようとアイデアを出して、じゃあ彼に似合わない自然の中で撮ろうと俺が話をしたんですよ。
ところが何のテーマもなしにただ撮っていくというのだと、やっぱり盛り上がらないわけですよ。
二人も盛り上がらないし、ムトゥメンもテーマも何もなければただ棒立ちしていればいいのかとか、
ファッション誌みたいにポーズを決めていればいいのかという話になるじゃないですか。
これはマズいなとなって……。
ヨシキの写真を写真展としてガレージで一回やりたいと前から話を俺の方からしていたんで、いい機会だし、
俺の側でディレクションして、いわゆるストーリー構成も考えて、
それに合わせて二人で練りながら撮っていこうという話でまとまったんですよね。
それが去年の展示会が終わった後くらいですね。
話をしていて、俺は、これはチャンスだなと思って、
要は自分のイメージがブレてないかというより、自分のイメージをそこで固めるために凄いいい機会だなと思ったんで、
それをヨシキに話して……。


武藤 自分のイメージをビジュアル化するということですか。

高蝶 その…、展示会に向かうときに、一つ、今回の展示会のテーマになっていた部分を固めるのに、
前だったらそれがブレないかというテストだったのが、
自分のイメージをより固めるためにシルバーを創るという作業じゃない表現活動ということですよね。
その表現手法によってさらにそれを固めたいというのがあったんです。


武藤 みんな何て言っていました? あの写真を見て。

高蝶 代表的な意見として、俺とヨシキが一番聞きたかったのはムトゥメンのことも全く知らなくて、
ヨシキとか俺のことをあんまり知らない人が見たときに何て言うか知りたかったんです。
一般のお客さんが来ている時って俺は当然いないし、
ウチの人間もそういうお客さんに、別にアンケート用紙を用意していたわけじゃないので、いちいち持ってないんですよね。
だからそこはあんまりお客さんと会話できたわけでもないので、わからないけれども、
デシ(デフの高橋)が言っていたのは
「いい悪いの意味じゃなくて、高蝶くんの表現っていうのはすごいストレートなものなんだよね。
それが今回のやつは如実にわかる」と。
あとは、言われた意見のなかでは、写真の力みたいなものの会話は、
結構編集関係の人、アパレル関係の人とかとは話になりました。
写真一枚からこちらにイメージさせるものという。今回は特にストーリーを追っているような感じで、
これはヨシキに言われたんですけど、「高蝶くんがテーマとかストーリーを考えたら、どう考えても暗いじゃん」と。


武藤 まあ、そうですね。

高蝶 そういう部分を考えると、お客さんからの意見っていうのは、あの一連の写真のなかで、あれだけあると、
やっぱり「この写真がすごい」とか「これはどうやって撮ったの」「どこで撮ったの」という……。
さっきの世界観の話に戻りますけれど、場所が特定しづらい、国だったりだとかが特定しづらくて、
ただいわゆる暗い雰囲気だとか、決して明るくないものなんだなというのは伝わる。


武藤 はあはあ。ふーん。

高蝶 武藤さんが前に言っていましたけれど、あんなに枚数が必要だったのかという……。
武藤 まあ、俺は言った通り、説明的過ぎる、と。

高蝶 あれはまあ、そのとき武藤さんに話したみたいに、じゃないと俺らだけわかっちゃう、わかっていればいいんだ、
で終わっちゃうんじゃないかな、というところなんですよね。


武藤 俺、なんかね、あくまでも印象でしかないけれども、シルバーで作っているL,S,Dの作品って、
抽象のようなふりして凄く具象だなっていう気がしているんですよね。
それで、自分はその逆だと思っているんですよ。
だけどあの写真を見たときにそのどっちにも当てはまらなくて、それで、これは俺の勝手なイメージですけれども、
蝶さんはきっといつか1本、自分でプロデュースして映画とかやってみたいんだろうなと思いながら……。

高蝶 それはあります。

武藤 だからあれを最初から動画として考えたときに、すごくなんか説明的な、俺はらしくねぇなという気がしたんですよね。

高蝶 うーん。やっぱり、ストーリーを考えて一連でやったというのはすごく久々だったんですよね。
まずそれがあって。俺も一番最初に考えたのは、映画的な手法というのを考えたんですよ。
単純にこれは、ヨシキと自分のスケジュールの問題もあってなんですけれど、
あれは、もうあと2日間、撮影日を取るはずだったんですよ。
もともと俺が考えていたなかでは、写真が交互に、場面が入れ替わるはずだったんです。
要は、自然のなかで撮っている写真と、全く自然が一片もないような空間のなかにムトゥメンを置いて、
いわゆるその、これは一体何なのかというのが理解できなくても、
単純にこ「悪」だということがわかるような場面というのを用意する予定だったんですね。
それが交互にきて、要は懺悔するというか、贖罪に至るまでに、その悪の側をどうにか、
いわゆる自分が罪を犯したというその悪の側をその人は浄化したいわけですよね。
それを追っていくような感じで交互にやりたいなというのがあったんですよ。
最初はやっぱりその予定で進めて、というか、どっち単体で見ても1本のストーリーがとして完成されてて、
其れが2本重なっても繋がるような感じのをやりたかったんですよね。
両極からいくようなやつを。
ところが、やってみて、そこの部分を入れるには、スペースが足らない、時間が足らない、予算が足らないという……。
映画でも絶対的にそういうのって発生するんだろうなっていう……。


武藤 あるでしょうね。

高蝶 それがまあ見事に発生しまして、残念ながらそっちの「悪」の部分なしで、
そこはもう想像してもらおうよという話になったんですよね。
ということは逆に、どれだけこれが、彼があの贖罪の場に至るまでに苦痛を伴って旅したか、
みたいなところを出していこうという。
そんなような感じで、やっぱり映画的な手法でいうと写真集みたいなのを考えたわけですよ。
ページでめくっていくと細かくストーリーがわかるような、のつもりであの部分を撮っていたので。
で、もともと、じゃあ、さらにこれを追加してここの場面は入れておこうというような感じで構成していったんですよね。
やっぱりそれはヨシキと俺もありましたね、これ以上増やすか、減らすか、みたいな。減らすとたぶん、さらに理解し難くなる。


武藤 俺は、もう、3枚くらいでいいんじゃないかと思いつつ……(笑)。

高蝶 それも、考えてた……。



武藤 でも隣で、俺があれを見ていたら、あの……、誰だ……、抜きすぎないで金玉が痛くなったジバゴが……。
隣で俺に事細かに説明するわけですよ。
俺は、なんとなく自分の想像で最後まで観ていきたいのに隣で説明するから、うるせえよと思って(笑)。

高蝶 それはたぶんジバゴが、最初に、あの写真展をやるのに、
写真展をやる側も初めてなら、たぶん来るお客さんも初めて。ウチのお客さんには初めてという人もいっぱいいるだろうから、
どういう意図があって、とかというところはきっちり説明してあげなさい、みたいな。


武藤 はいはい。でも俺はあれを見て、蝶さんに前、借りた、何でしたっけ、
いろいろな監督がパリの地下鉄を舞台にして撮っている……。

高蝶 パリじゃなくて、あれはイギリス。

武藤 イギリスでしたっけ。ああ、そうかもしれない。何だったけな、タイトルが……。

高蝶 ええっと。「TUBE TALES」だったかな。(*ロンドンの地下鉄をテーマにした9編からなるオムニバス作品)

武藤 あれの、誰かの監督のなかで出てきた、たぶんオープニングとエンディングじゃなかったかな。
要するに、地下鉄の改札から出る時に、出られない人たちがいるわけですよ。
要するに、君はまだこの世界に来るのは早いよ、と。
地下鉄の改札を出て行ったら、そこには亡くなった人たちが待っているわけですよ、自然のなかで。
俺はあれを思い出したんですよね。
だからたぶんなんかその、写真のスタートのところとケツのところで、たぶん世界が変わっていて、
それで、あっちの世界に行けた人なんだ、というか。

高蝶 武藤さんには説明しましたけれど、額の色で世界を。
ムトゥメンというか贖罪を求めている彼が見ている世界として、要は贖罪を求めているから額の色は全部黒なわけですよ。
自分にとって世界は真っ黒なわけじゃないですか。
贖罪を求めて苦難の旅をしているわけだから。
彼の世界が終わって、後、世界の側から、世界というか誰かとか人ではなくて、
自然の、要は動物だったりなんかから見たら、贖罪といっても単純に人が一人死んだだけ。
もっと言えば生命が一つ終わっただけ。
そんなのって毎日どこにでも、どこの土地でもあることで、流れの中の一つでしかないという。


武藤 そうですね。

高蝶 こんなにも苦労してやったことだけれども、という。
彼がいかに苦難を感じようと、という。つまり、贖罪なんて存在しないんだ。
罪の定義というのは人間が決めているだけであって。
というようなことをあの中で言いたかったわけなんですけれど、俺としては。
ただ、どっちを取るかなんですよね。
やっぱり人間というのは、他の動物にしても、個を超越するということはほぼほぼないじゃないですか。
人間の意識が個を超越するということというのは。
超自然現象のことは、俺はよく解りませんけれど。
ということは、あの暗い方の側から世界を見ているということが重要なのかな、という気もするんですけれども。
でも第三者的な視点というのは白い側から見ていることになるわけじゃないですか。


武藤 キリストですか。

高蝶 キリスト……じゃ、ない。

武藤 じゃなくて?

高蝶 じゃなくて、要するに第三者的な視点というのは、結局、外側から、例えば……。

武藤 要するに人間が蟻の世界を見ているとか。

高蝶 ああ、そうですね。のと一緒ですね。
人が人を見ている時でも、全く知らない人だったら、ああ、あの人は死んだんだ、と。
その人がどんな罪を犯していようが苦難のなかにいようが。
なので、どっちの視点で見るかなんですよね。
つまりああいう苦難のなかで贖罪を求めるというのに共感するというのならば、そこに共感するという人というのは、
どちらかといったら暗い、黒の額縁の世界じゃないですか。
でもそれがないフラットな目線で見たら、白い額の方で見るべきじゃないですか。


武藤 うんうん、そうですね。そう言っている本人は、どっちにいたいんですか。

高蝶 俺ですか。俺はどっちにもいたいですね。どっちにもいないとああいうのは撮れないですからね。



CHAPTER:02




+ top +


(C)HEAT Co,. Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.
掲載商品画像等の無断使用を禁止する